
タヌキ店長
ううっ……もう生きる気力が湧かないよ……。さっき、ポケットに入れておいた1万円札を、どこかで落としちゃったんだ。僕の血と汗の結晶が……うわぁぁん!

フクロウ先生
やれやれ、泣かないでください。たしか今朝、商店街の福引で「特等:現金1万円」が当たったと喜んでいたではありませんか。落としたのはその1万円でしょう?「タダで得たものがなくなった」だけですから、プラスマイナスゼロ。損はしていませんよ。

タヌキ店長
先生は鬼だ! 計算機みたいなこと言わないでよ!「当たった喜び」なんて一瞬で消えちゃったけど、「落としたショック」は胸に深く突き刺さって抜けないんだよ!プラマイゼロなんかじゃない、大赤字な気分だよ!

フクロウ先生
それが人間の正常な反応です。人は「何かを得る喜び」よりも「何かを失う痛み」の方を、約2倍から2.5倍も強く感じるようにプログラムされています。1万円の損失の痛みは、1万円の利益の喜びでは相殺できず、2万5千円くらい得をしてようやくチャラになる感覚なのです。

タヌキ店長
ええっ! 倍以上も痛いの!?どうりで、株で少し儲かった時の記憶より、暴落して損した時のトラウマの方が鮮明なわけだ。……ってことは、これをお客さんに使えばいいんじゃない?

フクロウ先生
ほう、いいところに気がつきましたね。これが『プロスペクト理論』です。「これを買えば得しますよ」とアピールするより、「今買わないと損しますよ」と忠告する方が、人は動くのです。

タヌキ店長
なるほど!「この壺を買うと幸せになります」じゃなくて、「この壺を買わないと、一生後悔するという損失を抱えますよ」って言えばいいんだね!これなら全員買うしかない!

フクロウ先生
……方向性は合っていますが、言い方が脅迫まがいですね。「今だけの割引が終わってしまいますよ(=安く買う権利を失いますよ)」くらいにしておきなさい。
ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した、不確実な状況下での意思決定モデルです。行動経済学の最も重要な理論の一つで、ノーベル経済学賞を受賞しています。
損失回避性(Loss Aversion)
プロスペクト理論の核となるのが「損失回避」という性質です。
人間は、利益を得る場面では「確実性」を優先し、損失が出る場面では「リスクを冒してでも回避」しようとします。そして何より、「損失の悲しみは、同額の利得の喜びよりも大きく感じる」という非対称性があります。
例:A:無条件で100万円もらえる。
B:コインを投げて表なら200万円、裏なら0円。
→多くの人は堅実な「A」を選びます。
C:無条件で100万円没収される。
D:コインを投げて表なら没収なし、裏なら200万円没収。
→多くの人は損失をゼロにできる可能性に賭けて「D」を選びます。
ビジネスへの応用:損をしたくない心理を突く